キリスト教と

【東西霊性文庫 第四巻

タイトル:キリスト教と仏教をめぐって—根源的いのちの現成としての「禅」

著  者:

花岡永子

大阪府立大学名誉教授・奈良産業大学名誉教授 

神学博士・文学博士)


本体価格2,400円+税

四六判/並製/カバー装


総 頁256ページ

刊行年2010.04.06
ISBN978-4-903470-46-7

キリスト教と仏教の根源に遡ると森羅万象が成り立つ「根源的いのち」に行き着く。

キリスト教と仏教に通底する「禅」に生きることの意味を究明する


※カバー写真 右上より 西谷啓治、ヴァルデンフェルス、秋月、ティーリケ、武内義範の各師と著者


【目次】

まえがき


凡 例

第 部 キリスト教と仏教に通底する「禅」

 

一章 「根源的いのち」の現成としての「禅」
 一 禅とは何か
 二 両極性の根源からの視点


第二章 実体的思考と非実体的思考S・キェルケゴールと西田幾多郎の哲学を通して
 一 S・キェルケゴールの実存思想における非実体的思考
 二 西田哲学における非実体的思考


第三章 キリスト教と仏教における「絶対の無限の開け」
 一 キリスト教の絶対者の「人格性」について
 二 「空」と「絶対無」の場の開けでの「非人格性」について
 三 キリスト教と仏教における平和問題


第四章 キリスト教と仏教における悪の問題自覚を介して
 一 自覚とは何か
 二 宗教における悪とは何か
 三 自覚の視点からの、宗教における悪からの解放(善悪の彼岸)
 四 キリスト教と仏教はいかなる点で、自覚の視点からの悪に賛同、かつ反対するか
 五 宗教における「真の自己」とは何か


第五章 宗教哲学における「信」と「覚」

西田幾多郎とA・N・ホワイトヘッドの哲学を介して
 一 ホワイトヘッドの有機体の哲学における「信」と「覚」
 二 西田幾多郎の哲学における「信」と「覚」
 三 信と覚


第六章 禅とキリスト教

西田・大拙・久松・西谷の場合


 一 「人間」の理解(西田・久松)


 二 「超越の次元」の理解(西田・大拙)
 三 「歴史」の理解(西田・西谷)
 四 「自然」の理解(自然科学・技術との対決をも含めて)(西谷・西田)


第七章 鈴木大拙先生における「人」


第八章 自覚(self-awareness)と感じ(feeling)の問題西田哲学とA・N・ホワイトヘッドの哲学を介して
 一 絶対的否定性
 二 創造性

第九章 国際的視野から見た「和キリスト教の立場から
 一 キリスト教内部での「和」
 二 諸宗教間の「和」を破る立場(自覚の視点から)
 三 諸宗教に通底する次元での和(森羅万象に通底する「真の自己」の視点からの和)


II部 わが心の遍歴
 

第一章 異文化との出会い
    H・ティーリケ先生との出会い/祖父の教育/文化への飢え/H・ティーリケ先生の神学


第二章 日本文化への目覚め
    ドイツへの留学/ハンブルク大学での日々/夫の他界と流浪いの旅への船出


第三章 キリスト教と仏教
    精神的な面での生い立ちの記/大文字山での「静思の時」/キリスト教と仏教に通底するもの


第四章 参禅(FАS禅と伝統禅)
    FAS協会への入会/因陀羅網(帝釈天の網)/伝統禅/禅での歩み


第五章 宗教と現代の脳死移植の問題について
    人間のいのち/新しいパラダイムとしての「絶対無」の追加


第六章 宗教と現代の臓器移植の問題
    四つの思惟のパラダイムと一つの「絶対無」(「非思量の思量」)のパラダイム/宗教的いのちによる愛や慈悲の行為としての    脳死による臓器移植/霊性の働きとしての、脳死による臓器移植


第七章 現代における宗教と科学・技術の問題
    「個」の立場と「全体」の立場の相即性について/宗教と科学・技術の問題


第八章 キリスト教と仏教について
    キリスト教について/仏教について


第九章 現代における宗教と哲学の問題
    哲学と宗教について/現代における宗教と哲学の問題


初出一覧
人名・書名・事項索引