ノンブル社

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鈴木大拙 没後50年記念出版 
☆第1弾 ! 無量光・名号〈英文対訳〉鈴木大拙
☆第2弾 ! 妙好人、浅原才市を読み解く〈英文対照〉鈴木大拙
☆第3弾 ! アジアの社会倫理の底流と仏教思想〈英文対訳〉鈴木大拙 

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タイトル:ラメーシュのミルク

著  者:白石凌海

四六上 本体価格1500円+税

インドを舞台にくりひろげ
られる、ミルク売りの少年のお話。人生に悩み、苦しむ彼の出した結論とは 


 タイトル:童句集 母のバリカン

著  者:山本たけし

B6上 本体価格2300円+税

好きな子へまっさきに書く年
賀状/屋上へ師と富士を観て卒業す/げんごろうまねしておよぐひらおよぎほか 〈本文2色刷〉 


タイトル:短篇小説集春惜しむ

著  者: 小山榮雅

定価:1,890円(税込)

四六判/上製/カバー装

刊行年:2003.08

ISBN4-931117-77-5

装丁:梶山俊夫

 


姪と二人で、太宰治の生まれ故郷・津軽半島の「金木」まで旅する『新涼』。

秋山住職の住む港区三田四丁目から十分ほど北へ歩いた三田一丁目に、かつて、作家で俳人の久保田万太郎が十年ほど住んでいた。

そのあたりを、知人の女性の助教授と二人で歩き、万太郎の「江戸っ子」としての資質を探ろうとする『春惜しむ』など、感情的には地つづきの、過去の搏動に身を置く短篇集……。 


タイトル:短篇小説集秋ぐみ

著  者:小山榮雅  
 
定価:1,890円(税込)

四六判/上製/カバー装

刊行年:2002.07

ISBN4-931117-62-7

装丁:梶山俊夫



江戸時代には、いまの台東区蔵前一丁目の隅田川沿いに、南北にほぼ一キロにわたって「浅草御蔵」があった。

幕府は、「天領」で収穫された米をここに貯蔵し、旗本や御家人への扶持米とした。

この米を換金する仕事をしをしたのが「札差」である。

この札差のなかに「江戸の三大家」といわれた右足の不自由な俳人がいた……

江戸時代の俳人、夏目成美をかたる『遅日』。

大正時代の作家、葛西善蔵の墓参をめぐっての感懐を描いた標題作『秋ぐみ』ほか六篇をおさめる




「あとがき」より

大正時代のほぼ全般にわたって作家活動をつづけた葛西善蔵は、昭和三年(一九二八)七月に、東京の、世田谷村大字池尻三宿の借家(現、世田谷区三宿一丁目)で亡くなった。四十二歳であった。

東京で荼毘に附された遺骨は、郷里の、青森県弘前市新寺町にある「法蔵寺」に埋葬された。生前は「酒仙」といわれるほど酒が好きだった。このため、葛西はアルコール中毒であった、と断定する論者までいるほどである。かれの晩年の作品を読むと、確かに、そうした面がなくもない。

かれの戒名は、誰がつけたのか、

「芸術院善巧酒仙居士」

という、まことに「俗臭」フンプンたるものである。これは、恐らく、出家した僧侶の手になる戒名ではない。文学仲間か誰かが、余計なおせっかいで、横から口を出してつけた、ほとんど「正覚」の香りのしない、品格のないものである。

葛西善蔵の遺骨は、昭和五十六年(一九八一)九月になって、娘さんによって、北鎌倉の建長寺の中にある「回春院」の墓地に、分骨された。これによって、東京近在の葛西ファンも、葛西善蔵の墓参が容易になった。

葛西善蔵の文学は、俗に「破滅型の文学」なぞとも言われ、かつては、多くの若者たちに愛された。特に、三十二歳の十二月、青森の郷里へ妻子を残し、一人上京していた葛西は、北鎌倉の「宝珠院」に移って、そこで、文学との孤独で壮絶な格闘をくりひろげたのである。

そして、そのさなか、葛西の身のまわりの世話をやいた「浅見ハナ」という、十四歳も年のちがう、二十歳の娘さんとの、文学以上に切なく、身にしみるかかわりが、文学青年の胸をゆさぶり、葛西は、この浅見ハナさんを、作品のなかでは、「おせい」という、もの悲しい名前でたびたび登場させていて、そのこともまた、三十年ほど前までの若者たちの情感を、文学的に、ほどよく刺激したのであった。

いまからみれば、「文学」というものが、そういうかたちで読者に入りこむ抒情的空間を、充分に持ちあわせていたということにもなるのであろうが、葛西善蔵の残した、

 秋ぐみの紅きを噛めば酸くしぶく

  タネあるもかなしおせいもかなし

という歌は、そういう文学青年の心を無性にふるいたたせ、そうした青年が、結婚をしてのちもなお、文学との密通の快感を捨て切れない夜なぞは、同じ思いの友人たちと酒をくみ交わし、悪酔いの果てに、葛西の歌をもじって、最後の「おせいもかなし」の「おせい」のところへ、自分の女房の名前や、かつての恋人の名前を当てはめて口ずさみ、悪態をついたりしたものであった。まことに、滑稽なことではあるが、そういうところにも「文学」が自生する可能性はあったのである。

遠く、おぼろなそうした光景は、すでに、化石の一部となり果ててしまったのであろうが、そういう「現実」が、かつては、線香花火のきらめきのように、貧しい町の安酒場では、若者たちのはかない夢と結節していた。

北鎌倉の「回春院」の墓地に新しく墓をつくり、そこへ葛西善蔵の分骨を埋葬したのは、この「おせい」さんこと、「浅見ハナ」さんの娘さんである。そして、いまは、その墓に、平成四年(一九九二)十二月に九十三歳で亡くなった「おせい」さんも、愛する葛西善蔵と共に、眠っている。


タイトル:洗 心—自見直法話集

著  者:
本体価格3500 円+税
A5上 


真宗の要・報恩講での法話集。親鸞の教え・念仏の心を説いた珠玉編13話。


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